utama888の物語

ショートショート

待ち合わせ11

 スマホの電源入れるとアクセスポイントを確認するポップアップダイアログが表示された。ウラジオストク空港でスマホをオンにしたときと同じ内容のようであり、ダイアログ表示が直感的に理解できたので、そのままOKを反射的に返していた。

 夏季の短い4時間ほどの夜のうち3時間を費す空の旅となった。黄緑色の機体が駐機場で鈍い朝の陽に逆光となり空港待合い室から眺めることが出来た。

 リージョナルジェット、エアーバスSSJ100のこじんまりとした勇姿には、子供のおもちゃのように不格好に釣り合いのとれない両翼下の丸みのある大きすぎる車輪が存在感を放っていた。

 わたしは放心した状態で、黒く丸みのある頑丈そうな車輪を眺めるばかりであった。

 しばらくスマホが考え込んでいる。アクセスポイントのリサーチが続いていたままで、待ち受け画面にアンテナが立たない。

ー 駄目かな!ー と諦めかけたとき、 ー you are wellcome to Russia ー が表示されたショートメールが目白押しにぞろぞろと押しかけて来た。

 中国以外の東南アジアのほぼすべての国とロシア圏内でアクセス可能な、5ギガ制限内ならほぼストレスフリーに使用可能なプリペイド方式のシムによる、現地基地局と、アフリカへ向かう光ファイバーの基幹線と太平洋に向かう基幹線及び、日本を目指す東北アジアを経由する3ルートの基幹線海底ケーブル同士の経路分岐するための結節ポイントが地表に顔を出していると言う、シンガポールにあるだろう広域サービスサーバーとのログイン情報のやりとりをした認証結果の案内メールようだった。

 2年前の晩秋、急遽ソウルを訪れたとき、旅先のネット環境維持を目的として、レンタルフォン、モバイルWifiなどの利用方法とコストパフォーマンスを比較して、レンタル系機器の貸し出しに伴う返却の手間と、シムの入れ替え作業を天秤にかけ、なんでもやりたがる性格から、深夜搭乗待ち時間の有効利用に考え至り、最終的に某仏教国製の従量制限フリーシムの採用となった。期間無制限で使い切りタイプであり、間違って現地基地局に従量制接続して、後日莫大な請求を受けることがなく、制限内通信量以外のことは気にしなく安心して使用出来た。

 旅先の画像アップロードなど通信量が多いものは、フリーWifiエリアを使用すれば対応可能だと考えてのことである。ゲーマーではないので、テキストデータのやりとりが大半であり、5ギガバイトもあれば数日間の旅先で、日常のネットワーク環境が維持可能であると想定しての選択であった。

 ウラジオストクで6時間のトランジット後、22時40分発ヤクーツク1時着 SIBERIA AIRLINESに搭乗した。

 漆黒の闇の中へ吸い込まれるように離陸した機体は、大気の影響を受け揺れが酷い、夕食は空港のレストランでサンドイッチとコーヒーのみの腹ごしらえに留めていた。フライトが荒っぽいとの情報を現地の邦人企業でこのルートをよく使用する知人から聞いていたので、予防線を張っていたのが幸いした。  寝ているどころの騒ぎでない、緊張感を伴った北極圏を目指して飛ぶ、S7のロゴ冠した黄緑色の機体に命を委ねた3時間あまりの旅となった。

 いわゆる旅先の現地料理は、ヤクーツク到着後に歓迎パーティーが催される予定なので、それで十分だろうと決め込んでいた。実際に訪れた先で出会ったフードでわたしの口に合うものは今までの経験知として皆無であった。

 食べものに関しては、母国身贔屓のハンディーを外したとしても、日本食が素材感、繊細な舌触りや機知を捉えた食べ物としての美しさなど日本食以外では味わえないと感じており、一番相性がよく旨いとわたし自身の味覚がそのように感じるため、旅先の食事は、ほぼ経験知獲得のための義務感で食事機会を得ているといった心象風景を伴っていた。

 ヤクーツクにはほぼ予定通りの時刻に着いた。

 入国審査でパスポートにeチケットをプリントアウトしたものを挟んで手渡した。30名の現地視察団の一員としての入国審査であり、ひとり旅でない心の緩みが溢れていた。

 3時間のほぼ地球の経度に沿って北上する大圏航路はシベリア上空の大気が不安定なため、一旦航路を外洋に出て日本海から宗谷岬を経て、樺太東側沿岸沿いに北上し、オホーツク海を回り込み、オホーツク沿岸からシベリア上空を横断するコースをとった。海上は比較的安定していたのだが、シベリア横断時は荒れた気象の煽りをくい、ジェットコースター乗車時に体感するような強烈なGを伴う大きな揺れの続く夜空の旅に終始した。ようやくレナ川上空に出て安定飛行に入った。川の上空で旋回しはじめてランディング体制に入ったとき、この空の旅が無事終了するのが真近であることを感謝し、窓から見える滑走路上に並ぶ整然とした誘導灯の列に極北の地になんとか辿り着くことができたと確信した。

 しかしながら、その直後体験したランディングはそれまで以上に凄まじい衝撃を伴うものとなった。