utama888の物語

ショートショート

待ち合わせ15

 温暖化が進むと、北極海及び南極の氷が海に溶け出て海面上昇が起こると言うモデリングをしてみると、以下のような概要となるようだ。

 まず、極北の海は海水が大気との温度循環で、大気と接する海面が冷やされることで比重が増し、海中深度2mくらいまでの表層域に冷水塊が生まれ、マイナス2度に到達したときに凍結点に達する。続いて、海水が固体化する段階で、海水が内包する塩分の3分の2を海氷外に吐き出し、3分の1を海氷内に残した状態で凍結する。すると海氷の比重は周りより小さくなるので、浮力を持ち海面上に顔を出す。この大気と海面の温度循環が繰り返されることで、海氷の材料が生産され続けることになり、海面を覆う海氷原が造られる。海面を覆う海氷原は固体なので、大気との温度循環は放射による循環となるため、流体状態の海面と海中間の対流がなくなる。結果、個体状態の保存性が頗る増すことになった、保守的な性状を伴う海氷原が出来上がる。  他方、南極海に浮かぶ氷山は南極大陸に積もった雪が圧縮され氷河となって、海中に押し出されたものであるため、真水の凍った塊が海上に浮かんでいるとモデル化して大勢把握可能である。  北極海は、ユーラシアと北米の両大陸にほぼ囲まれた内海のようにみえるが、最深度は数千mを越える海盆となっている。地球規模でみれば、海全体の4%を占めるだけの内海のような閉ざされぎみの海洋が、大陸が大気との水の循環で創造した地球全体の10%の淡水を大陸流域河川からの流入水量として受け入れることになり、ざっと考えても北極海の塩分濃度は他の海洋と比較して、海氷外に排出された3分の2の塩分を考慮しても、大陸河川から流れ出る大量の淡水で希釈されることから、表層海の塩分濃度がそれなりに薄いだろうことが容易に想像できる。  北極海の塩分濃度がより小さい海とは、比重が小さい分大気循環による温暖効果が他の海洋より暖まりやすいかと言えばそうでもない。それは北極海のほぼ全域の表面を覆う海氷原は個体なので、大気との温度循環を放射で行うため、先に述べた通り対流循環を伴う海洋と較べて頗る非効率な大気との温度循環となっている。  北極海の海氷原を溶かすに足る熱循環を考えたとき、スカンジナビア半島沿岸を北上してスバーバル諸島で2経路に分流して北極海に至る、メキシコ湾流が能力的には十分であるが、北極海を囲む両大陸の大陸棚に沿って、反時計回りに深海を循環して、グリーンランド東沿岸で海表面に顔を出すので、北極海の塩分濃度が薄く比重がより小さく浮力を伴う海水が表層海を形成し、比重が大きく浮力をなくして沈降するしかない、高温の海流が海底域でとぐろ巻いていることになり、海面に浮かぶ海氷を溶かす循環は起こらないようだ。

 大気と海洋の温度循環による、北極圏の海氷溶融による、地球規模の海面上昇を考えたとき、大気循環による溶融を考えるより以上に、海流の北極圏循環の環境変化による影響力の方がすこぶる大きそうであり、環境問題としての視点が必要となって来る。

 行く手の川面に乳白色の濃い霧が壁のように立ちはだかっていた。レナ川クルーズ船ミハイロフ・スヴェトロフ号は怯むことなく航路を白い異次元の入り口に定めた。

 夏季に、レナ川はヤクーツク以北を流れるとき、それ以前の高低差のある山間部を流れ切るさまから、川幅を広げシベリアのツンドラ地帯を極北の山岳民族エバンキの創造神、大蛇のジャブダルのごとく、低湿地のタイガの森を征圧し、北極海に通じる巨大な入り江であるラプラテ湾をも圧倒的な時間軸の中でデルタの形成をし尽くすことで席巻している。この視点では、創造神の化身であるレナを流れる川の水は永久凍土により一定の低温効果下に保たれているのだが、北極圏の入り江に達することで、海氷原が後退した遠浅の河口付近で大洋の影響下となる。ただし、海水と混濁することなく互いの浸透圧差により塩分濃度の均衡をとるが、海水温が上昇した表層水の下に潜り込む。水温4℃前後のシベリア大地の低温様態を維持することは、比重が極値をとるため浮力を失い沈降してしまう。

 シベリアの永久凍土の冷たい大地を切り裂くように、氷の冷たさを維持して流れた後、比重により重い塩水の中で、その身の塩分濃度は海水側に傾斜するが、遠浅の河口付近で水温の差により海水の下に潜り込み、創造神由来の純潔さを保とうとしていた。

 霧の発生メカニズムは、温度差のある複数の水蒸気帯が接する地点で、温度の低い側が高い側の水蒸気を凝結させ、水滴が空中に浮遊することがはじまりとなる。温度差のある境界面で水蒸気凝結が高密度発生することで霧が発生する。

 レナが永久凍土を切り裂きながら、低温効果を維持した状態で、海水の下に潜り込む地点で、夜明けの太陽が大気の熱量をプラスに転換するとき、海洋表面の水蒸気飽和点が釣り上がり、包含する水蒸気量が大きくなったところで、冷たいレナ川の水面と遭遇する。その刹那、密度の高い水蒸気の凝結が短時間で一斉に、冷水の流れが潜り込む境界面で発生することで、乳白色の水蒸気の壁が川の水面に立ち上がった。

 デッキに出た時点では、霧の壁は船の舳先の向こう側に存在していたが、川の流れが止まったように、その静寂の世界を滑るように浮きながら、現世界が白い幽界の中に埋没していった。

 スイートルームで眠る女の逞しい、アナコンダのような太腿に体を巻きつかれた残像が意識の中に残っていた。本来は自らの姿を第3者視点からリアルな映像で確認することは、映像装置でそのような視点で視聴可能にしない限り見ることは出来ないのだが、その痴態を確かに映像音声と共に感じているのだった。その余韻を視界不能なレナの静寂な流れの上に漂いながら反芻していた。

 幻想的なオレンジ色に染め抜かれた極北の夕暮れ、ヤクーツクの街角は薄暮の21時を過ぎていた。5時間もすれば日の出となる。宿泊先のホテルに戻って、空港への出発準備に取りかからなくてはと考えていた。

 沈む陽の向こう側から、誰かの名前を呼ぶ聞き覚えのあるアルトの音源に向かって男が振り向くと、頭上に天使の輪っかを帯びた影絵が獲物を注視していた。頑丈そうな不釣り合いを呈した幅広の腸骨に、スリムなボディーを体現した見覚えのある女が、逆光のフレアで縁取りされたシルエットの中から、形のよい口元に総ての雄を魅了するに十分な微笑みを浮かべて、もののけの手が届いてしまいそうな間合いに入っていた。

 風の凪いだ、オレンジ色に染まった街の影が長く伸びきっていた。

 А что будет
 Вы знаете, что это ?

 Нет не получая

 同じ闇の中に潜む赤黒い先の割れたジャブダルの舌が蠢いていることに、誰も気づいていなかった。