utama888の物語

ショートショート

待ち合わせ26

 エバンキは、シベリアの地域ごとの環境に最適化して、狩猟民であり、遊牧民であり、農耕民と民族様態を変える。そして、それぞれの宗教と神話も変化する。さらに、エバンキの末裔を辿れば、シベリアの大地を彷徨い、点在分化してながら、最終的に朝鮮半島に行き着いてしまう。その半島は天の羽衣の天女の国となるので、大和民族自体が大陸からの稲作文化と北方系由来の縄文人の文化圏の融合と考えれば、北方系エバンキと半島系エバンキの混血文化圏が大和民族の母体となり、その後南方系の稲作民族が圧倒していったと考えられる。エバンキのシャーマニズムは万物に神が宿る八百万信仰に通ずる。エバンキの神話で大蛇ジャブダルは大地の創造神であるが、日本神話のやまたの大蛇は神ではなく、もののけである。但し、出雲の大国主命三輪山に祀った神は蛇の姿をしていたようだ。

 卑弥呼が大陸系の血筋とすれば、エバンキを源流とする母胎を、山東半島辺り経由で移植された南方系文化が圧倒してゆくことで、大陸系の神がエバンキの神をもののけとして駆逐したことになる。

 シベリアの大地の出来方も、考えて見れば、イザナギイザナミによる天地創造の大開百で、淡路島をはじめ大八州の島々及び、森羅万象の神々を創造する国生み神話と比較すると、イザナギがマンモスで、イザナミ大蛇となる。ただし、前者は純然たる土木工事であるのに対して、後者は土台の島々は造りだすが、その後工程は生み出した森羅万象の神々に委ねる。

 シベリアは人口密度が極めて低く、人 の住んでいない、住めない極寒地が大方であるので、森羅万象に関わる神々はいらない。ジャブダルが大地をならして川を造れば、大地を削る川が土木工事を行い、北極海に巨大なデルタを沈黙の中に表出し、氷河による渓谷も造る。他方、人の棲む大和の土地は、森羅万象を司る数多の神々を必要とし、神話の神々と対話しながら民族が歴史を刻んでいった。

 大きな橋の袂の海抜ゼロメートル地点から見上げる、幹線道路が通る路面への階段を登った。階段の途中に朱色の観光掲示板あり、その向こう側に碑が建っている。漢字の読めない女が、男に説明を求める仕草をした。

『明治時代の有名な女小説家の碑文です。』

バルチック艦隊対馬沖に沈んだ、日本海大海戦の時代です。』

『ろしあのかんたいがしずんだのですか?』

『歴史上の事実です。』

『このあたりには、明治時代に活躍した歴史的文化人に纏わる、名跡が散在しています。』

『海外からの観光客はまず来ないね。』

『新幹線を利用して古都詣が人気だけど、移動時間がもったいないと思う。』

『日本文化を凝縮した、明治時代のダイナミズムが作った、この国のモニュメント的文化財が半日工程で回れる。』

『ここと上野の博物館組み合わせれば、ひのいずる飛鳥時代文化財も堪能できる。』

『この国のある意味でもっとも活力のあった時代、もっとも変化を求めた時代、東洋世界の中で息づいたオリジナリティのある日本文化を生んだ時代です。』

 明治の財閥の私邸の門くぐり抜け、財を掛けて作った日本庭園を巡った。女が目を見張った。京都で見た庭園のようだと感嘆の声を漏らした。

 日本国籍を取得して10年以上経つ女は、流暢な日本語を介して旅をすることで、地方の祭りにも造詣が深かった。当然、古都観光も経験しており、主だった日本観光地は主催した国内旅行の数だけ経験していた。女は、男が案内する彼の目を通すことで、傾斜の強く掛かった選別ポイントに感心を示した。

『あなたのぷらんをせつめいしてください。』と長い睫毛の奥から青い瞳が男を見据えた。

 川面に艀が遠ざかっていく風景を、橋の中央あたりに設けられたアーチ状に水面に突き出た展望所から眺めていた。渡る風が女のブロンドの長い髪を陽の中に晒し、中空に解放していた。

男は女の右手をとると、

 『か~く・くらし~ぼ』とひらがなで女の掌になぞった。女は一瞬考え込み、指先で描かれた文字を判読するように眉根を寄せた。川面を渡る風が春の日差しを含んで、彼女の頬を冷たく晒した。しばらくして振り向いた女の口元が逆光の影絵の中に溶けていった。