utama888の物語

ショートショート

待ち合わせ27

 猟犬が草原の緑のカンバス上に一文字の矢を描いた。牧童が鬣の長いヤクート馬の背に乗り家畜の群れを後方から追い立てている。バイソンの群れの行く手を弧を描いて牽制するハスキー犬と連動して、白い獣がその弦を突き抜け、家畜の群れを次の放牧地へと導いていた。シベリア原産のバイソンは帝政ロシア時代、この地開拓時にコサックによる狩猟により生息数が極端に激減したため、近年カナダから移植したものが観光資源として共和国で保護対象となっている。

 黒目がちな2の眼が純白の毛の合間から私を見つめ、尖った両耳を立て愛くるしい所作を漂わせて両手の中に収まった。草原で矢を描いた子犬であった。ひと慣れしており、全く獣としての鋭利な牙を感じない。シベリア原産のサモエドスピッツの原産種であり、地元民と何世紀も同居することで、体型ががっしりして力持ちであり、その上粗食に耐えるため、家畜の管理や冬場の橇犬として、厳しい自然環境下で共存出来た。サモ・エード族と共生して人に馴染んだ、彼らの微笑みをサモ・エドスマイルと言う。

 プレートテクトニクス的視点に立てば、シベリアの東部はアメリカ大陸の西端と言うことになる。古代から近世代までの世界観、ひとの住まない地域、極端に人口密度の低い未開の地はこの世の範疇の外界であった。故に、嘗て海峡を超えて自領であったアラスカの地は日露戦役以前の周辺事情で米国への金銭割譲となった。

 1880年代カナダは英領であり、ベーリング海峡を渡って海岸沿いを南下したロシア毛皮商人は、カリフォルニアの手前で南進を止められた。シベリアからの物資輸送が不自由となり、当時クリミア戦争相手国である英国に地政学上で優位性が保てないため、また地域の毛皮獣を採り尽くした感もあり、紛争相手国でない米国への売却となった。

 遠浅の入江の手前で錨を降ろすと、小舟に乗り換えての川沿いの街へ訪問となった。ヤクーツク以北で最初の行政区管区となる。となかいの放牧畜産と漁が産業の街であり、観光も重要な街の産業である。街主催で歓迎の祭りが催され、昼食会を兼ねた民族イベントとへの参加なった。

 民族衣装に太陽神を崇拝するいでたちの化粧をした、華やかに原色の布地で着飾ったモンゴリアン系の顔立ちの笑顔が乗客達を並んで出迎えた。西部劇映画に出てくるインディアンの雰囲気であり、人懐っこい笑顔は日本人そのままであった。

 河と海の喫水域が低い太陽光に揺らめいていた。その遠い行くてに白い氷原がどこまでも続いているのだろうか?と、果てしなく広がる極北の群青色の空に尋ねていた。

 阪神高速に連結する空港線の入口から急なアールの導入路をアクセルを踏み込んだ。茜色に染め抜かれた都会の空を一機の旅客機が大きな腹を押し付けるように着陸体勢に入り、ストップモーションでフロントグラスの向こう側に迫って来た。急なコーナのハンドリングを伴いながら、助手席の女の表情をはっきりと捉えていた。

 ブルーの瞳の縁を満たし溢れた出た涙が女の頬を一筆描きに堕ちていった。