utama888の物語

ショートショート

待ち合わせ9

 永久凍土に広がる森は、ほぼ手付かずの原生林であり、保護者のいないはぐれた子供のように、針葉樹たちが肩寄せ合いながら生き抜くために息さえも躊躇いがちな風情で、一年を通して凍った大地の上っ面に、やっとのことで寄生して彼らの子孫を残すべく殖生していた。

 古来、ヤクーツクはシベリアの凍てつく痩せた大地の上に、ひとの営みを集積することで生き残る術を手にした集落であった。原生林を切り裂いて流れる大河の畔に、厳しい自然環境下やっとのことで孤立凝集することで存在する意味を持った。この地以北の探検隊のベースキャンプ地として、また、古くは毛皮取引の集散地としての機能を果たして来た。

 厳しく長い冬に較べ、永久凍土が融解し、川の水量が増した短い夏は、レナ河口域で大規模で人海戦術下の集約的漁業が行われる。これと言って産業に乏しいこの地域に於いては、機械化による漁業の近代化は分配機能を否定し、多くの失業者排出を意味する。近代化を阻み続けることで、豊穣の海の富について平等な社会分配が機能している。

 そのことが厳しく長い忍耐の季節への越冬力の源泉として、民族的な防御機能として働いて来たように思われる。元々平野部にウラル系のヤクート、山岳部にツングースエバンキ人が住み分けていたが、近年混血が急速に進んでいる。

 見た目、黙っていた場合、邦人との区別が出来ないほどよく似ている。ただし、民族的な風貌が異なるので、明らかに判別可能である。

 冬季、日照時間制約の反動に由来すると推量される、太陽信仰を伴うシャーマニズムを背景とした色彩感覚及び、民族衣装などは、どことなく西部劇に出てくるアメリカ大陸のインディアンに雰囲気が似ている。

 一方、1900年代に砂金発掘によるゴールラッシュに湧いた時期もあるなど、社会主義体制下、政治犯を含む罪人流刑地の強制労働による鉱山開発が恣意的に実施されており、ロシア金産出量の4分の1がこの地域で堀出されるようになり、現在に至る。

 現在のヤクーツクは、帝政時にこの地にコサック兵の砦が置かれたのがはじまりで、この地方最大の人口30万人の都市である。政治経済集積地であり、ロシア全体の面積で18%占める、世界最大域の広さを持つ行政単位の中心地となっている。

 レナの源流は世界最大の淡水湖、バイカル湖の西側に位置するバイカル山脈に発している。バイカル山脈の東北側が低地氾濫域となっており、礫層の地上にその地方に息ずく生命の源として、豊かに湧現れ、シベリアの大地を滔々と流れ尽くし、高山帯針葉樹の蓉を呈した、タイガの原生林の中をいきつもどりつしながら豊穣に泰然と流れ、ヤクーツク辺りから平野部を流れ極北の入り江、水深20m台の巨大な扇状堆積地となったラプテフ湾に至っている。

 同じ源流域を持つユーラシア大陸最大の河川であるエニセイが北極海に至る際、氷河による典型的な浸食河口域を経由するのと対象的である。

 レナの河口域は最終氷河期に、シベリア東部の極端な乾燥状態が氷河の発達を阻み、氷河による浸食河口を成し得ず、結果として悠久の時間軸の中で、自然の営みとしてシベリアの大地を浸食し続け、河川の歴史的な流れに飲み込まれた、大量の土石を遙々運び続けることで、巨大な三角堆積域を北極海に繋がる入江に創生した。

 そして彼女は、平均の水深が約50mの海に浮かぶ、水面下に隠れた厚さが大方2mの厚い氷に、一年の大半をとざされた海に至っている。

 また、シベリア中央域のバイカル地方からオホーツク地方までの広範な支流を持つため、東シベリア域横断水路としての機能があり、古来毛皮商などの商流におおいに役立って来た。

 9月から10月には結氷する氷の海は、5月から6月に解氷するが、近年の地球規模の気温上昇により、氷の厚さも薄くなって来ており、航路としての使用可能な時季が年々長くなってきている。

 レナ沿岸でもこれまで手付かずの河岸が、永久凍土の呪縛からの解放を意味しており、希少性高い鉱物資源鉱床が地表のあちこちに露出しているのが見つけだされている。

 手付かずのフィロテイアと言う点では深海鉱床も近年注目されているが、地表近くまで上昇した鉱床への素掘りよる事業化が可能である点で、開発の技術的ハードルが遥かに容易である。

 開発コスト自体も露天堀可能な地上に剥き出しの鉱床が多数あり、圧倒的な優位性がある。

 但し、開発地から消費地までのアクセスが、温暖化による永久凍土の呪縛を離れてもなお重要な課題となって残る。

 この地の行政組織が、樺太から手のとどく、宗谷海峡越しの世界第3位の経済大国との商流開拓と、世界最大の債権大国であるその国に眠っている余剰資金の一部を極北資源鉱床開発資金として、還流を目論むことは当然の帰結であった。