utama888の物語

ショートショート

待ち合わせ10

 白いシーツの上に堅く晃るものがあった。女が抜け出た辺りの枕もと、寝具の上で所在なく輝いていた。

 すぐにそれがなんであるのか見当がついた。手に取ると思った通り、彼女がつけていたイアリングの片割れであった。

 しかし、よく見れば、装着するためのクリップ式の台座に捻子切りがついており、それは装着具としての細工がなされていた。クリップだけで着脱可能なのだから、捻子切りは装着する人それぞれの耳元にジャストフィットさせる微調整するためのようだった。

 わたしが意外に感じたのは、イヤリングそのものであった。

 駅に早めについたので、ブックショップに行こうとして、コンコースの出店に足を留めた。移動可能なコロがついたワゴン数台で宝飾品を店頭販売しており、30代くらいの女性客が品定め中であった。一度通り過ぎ、思い直して引き返した。ざっと一周してから店員にわたしがお目当てとする売場へ案内してもらった。

 すぐに気に入ったものが2つ見つかった。一方は青みを帯びたグリーン系のボタンタイプであり、他方は金色をした吊り下がった飾り部分が、風鈴の短冊のように揺れ動いていた。どちらかといえば、女の黒いボブの耳元に見え隠れする、大きめの斑猫の輝きは似合いそうだと思った。ゴージャスな色合いのものはわたしの趣味ではなかったが、ドロップされた部分のストレートな形状が緩いカーブを描いて揺れ動くさまがうつくしいと思った。

 どちらにするか迷ったので、決めかねて、

『あなたならどっち?』と店員に問いかけると、わたしを注視していた目元が下がり、口元に綻びが現れた。

『おいくつの方のものお求めでしょうか?』と問い返して来たので、

『あなたと同じくらいかな!』と混ぜ返した。

 結局、ドロップ部分が細長い直方体形の短冊を緩く捩ったような形状で、翳すたびに揺れ動く金色の耳飾りを選び、プレゼント仕様の包装を依頼した。

 贈る相手の形の整った耳元に似合うだろうと口元が緩んだ。そして、それを贈るときよりも、それを選んでいるときの楽しみの方がより大きいようにも感じた。

 カード支払いする際、サインをするときに金額をみて眉根が寄っていた。表示された金額が税率を加えて想定していた換算値を大幅に超え、倍以上の数字が並んでいる。個別のものが表示されていたようだ、これが普通なんだろうかと一瞬疑ったが、その場はそのままの流れに乗ることにした。それを贈り与える動機の方が、そのとき感じたたじろぎに打ち勝ってしまったようだ。

 待ち合わせのホテルにチェックインすると、性格的にそうさせてしまうのか、さり気なくベッドサイドのテーブルの上、ドライヤーなど小物置き場の端に隠れるように配置した。ただし、大抵は赤いリボンなどで装飾されており、常軌であり得ない場のポテンシャル持っているので、目ざとく獲物を見つけ出した女が、その目に歓喜の色を帯びて開封に取りかかるシナリオを描いていた。

 実際には、『いままでで一番いい!』と手放しで喜んでくれた、想像していていた通りよく似合うと感じた。

 彼女に似合うと思って買い求めたのはピアスであり、耳元から脱落し易いイアリングではなかった。揺れる金色の捻りのあるドロップが気に入り、よく確かめず購入したようだ。

 女がシャワーを使ったあと、バスローブを羽織って立姿で髪にドライヤーをあてていた。

 コーヒーパックの封を切って、2つのカップにセットして、ポットから湯を注いだあと、冷蔵庫から白い小箱を取り出した。昨晩、いちごのミルフィーユ1切れを2人で分け合って食べたので、チーズケーキが1切れ朝食替わりとして残っていた。

 ドライヤーのモータの回転音が途切れたので、

『ピアスじゃなかったんだ、』と言って、イヤリングを右掌に乗せて差し出し示した。

『きょう、店まだやってるだろうから交換して来る、』とわたしが言うと2人の視線が重なった。

『・・・』無言で右に首を傾げ、両手で耳元を固定し、イアリングの捻子頭を探しだす仕草をした。彼女の右手の親ゆびと人差し指で捻子切りを逆回転させ、それを外し左掌に載せると、右掌を差しだすことで、もうひとつの片割れを手渡すよう催促したので、わたしが手にしたひとつを渡すと、揃いのイアリングを昨夜取り出したホルダーにセットし直そうとした。その刹那、名残惜しそうな仕草が女の顔の表情に走ったように思った。

以前、『ピアスの方がいい』と女が言った、そして、『落としてなくしてしまうから、』と付け加えた。ブルーのカーボナイトのイアリングを渡したとき、そう女が言ったことがすべてのことの始まりであった。

 藍、露草色、花浅葱、浅葱のブルー系の色彩をグリーンの微妙なグラデーション変化で、小さなパッチワーク様に配色した飾り部分が目に止まり買い求めたイアリングだった。

『交換したあと、この次会うときまでリュックの中に入れたままになるな、』と言って、上目遣いに眺めると、目と目が合った。もういつもの女に戻っていた。

 待ち合わせのホテルにチェックインすると、シャワーを浴びたあとバスローブに着替え、丸の内で会議参加後、同じビル内の地下にある店で購入した缶ビールと弁当で空腹感を満たした。ラインで部屋番号を知らせると、ーはいーとだけ、応答がいつも通りすぐ返って来た。備え付けグラスを洗面台で洗い、サイドデスク中央に2つ置き、ワインの封を切った。弁当と一緒に手に入れたドライフルーツをあてに飲み始める。冷蔵庫の扉を開け、ミネラルウオーターを移動させ空いたスペースに東京駅構内にあるケーキ専門店で購入したショートケーキが2切れ入った菓子箱を収納した。

 女と会うときのいつも通りの時間の流れの中に身を委ねていた。

 ドアを開けて入って来た女は、サイドデスクの端に置かれた、小さな包みを目ざとく見つけると、その中からそれを取り出し身につけ、卓上鏡を手にとり姿見にして確認すると振り向いた。

 その一連の動作の中には、揺らぎのようなものは一切なかった。上気した女の表情の中に違和感を感じた。

 見知らぬピアスが女の身の中で揺れていた。

『これだったけ?』と問いかけると、

『・・・』無言で頷いた。

『違うんじゃない?』と言い、別物だと確信した。わたしが意図した通りに、イアリングからピアスに変わっていたが、目の前に見え隠れするそれは、全く別物であった。ゴールドの量が倍近く多くなっていた。

 彼女の耳元に揺れているのは、わたしが気に入ったドロップの飾りではなかった。

『これでいいの?』と問いかけると、

『・・・』無言で頷き微笑んだ。

 その駅に着くと、昨日宝飾品を買い求めたワゴン販売店は、期待どおりわたしを待っていてくれた。

 店員にことの子細を話し、レシートと購入品を手渡した。受け取ったシートの表示価格を確認し、化粧箱を奥のアイランドテーブルで開くと、イアリングを包みから取り出し、そそくさとピアスに交換してわたしに返して来たので、そのままリュックに仕舞い込んだ。受け取ったそれらは、再会のその日までは日の目を見ることはなかった。

 よく考えてみれば、店員はわたしに現品確認を求めなかった。イアリングとピアスの入れ替えをし、彼女が受け取った化粧箱に元のように収納して、依頼者であるわたしに返して来たのを思い出していた。

 暗闇の中で見上げると、

 見知らぬ金色のピアスが女の耳元で妖しく揺れ続けていた。